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「神待ち」という言葉が世の中に使われはじめてから、数年が経つが今もなお、その波紋は広がりを見せている。

それはどこか神秘的な響きを持ち、知らない人にとっては、なにか宗教的なものをイメージさせるあやしげな言葉だが、実はそういった神聖なものとはまったく関係がない。

この神待ちの「神」とは、比喩表現であり、ネットを通じて知り合い、困った女の子を救済してくれる男性を指す単語である。また、ここ最近の傾向としては「神」から「泊め男」と呼び方が変化してきているようだ。

家出などを理由に金銭的にも本当に困っていてる女の子たちを救ってくれる男性はみんな神や泊め男と呼ばれるている。それだけであればかなりポジティブで生気に満ちた明るい言葉だ。

しかし、この「神待ち」という言葉の裏に潜む真実は決してそんな綺麗なものではない。

神待ちする女の子の中には、この神や泊め男を「金銭的な援助をしてくれる男性」と認識し、援助交際の相手を探すときの表現としても使われている。

神秘的な響きの言葉の裏側には、まだ未成年女の子との淫行、金銭的なやり取りのもと性交渉という、まさに現代の暗黒面と表現すべき黒い真実が隠されているのである。

家出女子たちはなぜ神待ちサイトで神や泊め男を求めるのか

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思春期にはいろいろなことで悩む。それは大人からすればどうでもいいようなこともあるのだが、女の子たちからすればそうではない。

その若い頭を悩ます物事のひとつひとつは、自分の生死や、存在価値や、アイデンティティーをも揺るがすものなのである。

その不満が溜まりに溜まってくると、嫌な現実から逃避したいという心理が働く。

それは大人も同じことが言えるが、女の子たちと違うのは、鬱積したものを人に迷惑をかける形で、あるいは後先を考えずに吐き出すか否かという点だ。

私たち大人は、仕事や地位や社会的規則に縛られているため、不満や不安やストレスが心に積もり積もっても、それを外に示し現すということはほとんどない。

それは歳を重ねるにつれ、社会に出てあらゆる経験を積んでいくことによって、より制動の利く理性を手に入れるからである。

しかし家出女子たちは、まだ常識的な判断もままならない子供であるから、それを表に出さずにはいられない。

その帰結として「家出」という行為に及んで、嫌な現実から逃れようと試みるのである。

家出女子たちの心理的行動パターン

さて、家出を慣行した女の子たちだが、いづれは必ずいくつかの困難にぶち当たる。一つは金銭的問題だ。

小遣いというのも限られているだろうし、家出をしているのにバイト先に顔を出そうものなら、きっとそこには親が待ち受けているはずである。

親に確認をとらずに未成年を雇うような職場は少ないであろうし、友達の家を渡り歩くというのにも限界がある。

さらに、友達の親から自分の親に連絡の行く可能性が高いと考えれば、それを選択しないのが通常の思考といえよう。

いくら思考が乏しい女の子でもそれくらいは理解できているはずである。

そうなると、なんとかして自分自身で金を稼ぎ、食べる物や寝る場所を確保していかなければならないわけだが、彼女らはまだ子供なのだ。

特別なスキルを持っているわけではないのだから、たったひとりで稼げようはずもない。

食べ物は万引きすればなんとかなるかもしれない。しかし、もしそこで警察に捕まるとなると、親を呼ばれたうえ、万引きの事実を伝えられるという二重苦を味わわされることになる。

それを考えると極力避けたいところだろう。

としても、一番の問題である身を潜める場所をなんとかして確保しなければ、街を徘徊していては補導されてしまう可能性が高い。

そのため、彼女たちはどうにかして金を稼ぐ方法を模索する。

そこで家出女子の多くが、手っ取り早く金を手にする手段として考えるのが、「援助交際」という方法だ。
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援助交際なら、女の身体を持っているというだけで他にはなにもいらない。どんな相手でも卑猥なことさえすれば、1回につき、数千円~数万円もの金を即座に手にできるからである。

彼女たちがこの結論に至ったとき、貞操観念を持っている子であれば、一度立ち止まって、家に帰るか、それとも意地を張って帰らず、ひとりで援助交際をして稼いで生き続けるか、と冷静に考えるであろう。

前者を選べば平穏無事に女の子の貞操は保たれる。しかし後者を選んだ女の子は、回数を増すごとにその味をしめ、金をくれるのなら誰とでも寝る、という気狂いめいた発想に至り、またその行動を繰り返し行うようになる。

すなわち、誰にでも見境なく股を開くようになるのだ。

神や泊め男を求めて神待ちサイトを利用する神待ち女子たちの心理

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家出したばかりの援助交際の初心者の不安

とはいえ、家出したばかりの援助交際をしたことがない初心者の神待ち女子はどうしても不安を感じずにはいられないようだ。

それもそうだろう、ネットの神待ちサイト等で自分で「神」を募集したはいいものの、援助交際としての交渉が成立すれば、見ず知らずの男と会って、ラブホテルやカラオケだとか、あるいはその男の自宅だとか、ともかく密室のなかにふたりきりにならなければいけないのだから。

殺人とかレイプとかセックスしておいて結局金をもらえなかったとか、そういう悪い想像は誰でもするだろうし、また実際に起こりうることだから、彼女たちにとって大きな不安材料でもある。

援助交際に慣れた神待ち女子たちの傲慢

一転、援助交際に慣れてしまった神待ち女子女の子たちは、こうした不安をまったく抱えていない。それまでの実績と経験があるし、大体の神や泊め男となる男は自分に優しくしてくれると知っているので傲慢な態度をみせる。

どうして神や泊め男が彼女らに優しくするかといえば、「女の子だから」「セックスをさせてくれるから」というのもあるが、未成年女の子との淫行が表沙汰になると非常にまずいからというご機嫌取り的な理由も挙げられる。

もし彼女らが警察に駆け込んで「レイプされた」と訴えれば、まず間違いなくその男は逮捕される。部屋から女の子の陰毛などが発見されればもう言い逃れはできない。

裁判で有罪と判決を下されれば、ただのお遊びが犯罪になってしまうわけだ。未成年女の子との淫行に加え強姦罪というおまけも付いてくる。それを考える大人の男たちは、女の子たちのご機嫌を取るのが普通の動作反応ということだ。

援助交際に慣れた女の子たちは、この点の有利性を充分に理解しているのである。

初心者だった神待ち女子も、経験を重ねだんだん慣れてくるにつれ、態度が大きく傲慢になってくる。捨てられた子猫のように不安げに目に涙を浮かべるといった可愛らしさは抜けてなくなり、劣悪な女の子の場合だと、セックスしている最中にスマホをいじり違う男と連絡をとる始末。

そんなふしだらな生活、男を見下すような傲慢な態度を続けていれば、まず間違いなく神待ちだけに天罰が下るのだが、根本的な思考はまだ子供であるので「今まで上手くいっていたんだから」「今が楽しければ良い」と、その可能性を考慮しない。

そんな彼女たちが態度を改めるタイミングというのは、どうしようもないトラブルに見舞われて、心に傷を負い、泣く泣く家に帰還するときである。

私たちがその改まった態度を見られることは、まずないだろうが。

家出女子の増加は深刻な社会問題として注目されている

現在、この家出女子の増加が社会的な問題として注目されている。家出中の女の子がなんらかの事件に巻き込まれてしまう危険性は高いし、神待ちをする女の子たちのように非行に走るケースも少なくない。

事実、ニュースなどのあらゆるメディアなどでも未成年女の子にまつわる事件や報道をよく目にするようになった。

この増加の一途を辿る家出女子をなくすためには、家庭内での十分なコミュニケーションが必要であると考える。

特に最近の親は、自分の価値観を押し付ける傾向にあるため、それは子供たちを精神的にひどく圧迫させる。頭ごなしになんでも否定するのではなく、まずは事情を聞いて、そこから正当な理由をもって間違いを正してやるのが親の役目であろう。

あの友達と遊んではいけない、こういう本を読んではいけない、そういった大人の偏見的価値観の押し付けは、逆に子供を非行に走らせるひとつの要因となってしまうのである。

本当に子供のことを考えているのなら、ある程度の寛容さをもって、彼女らと向き合い接してやるべきだろう。

自分が絶対に正しいと考えて人にそれを押し付けるのは、自分らの思想に沿って人を殺す宗教団体とやっていることは同じである。